「日本は生産性が低い」と指摘されるようになって久しい。実際、労働生産性を見ると、主要先進7カ国(G7)では最下位。OECDでも23位と衝撃的に低い。
そして、専門機関の研究結果によると、幸せな社員は不幸せな社員よりも生産性が1.3倍、創造性が3倍高く、欠勤率、離職率が低い、とのこと。
ならば、我々日本人は不幸せなのか?
よく耳にする「生産性」という言葉。
生産性という言葉を聞いて思い出すのは、同性愛者を念頭に「生産性がない」などと表現した論文を寄稿した杉田水脈(みお)議員だ。
杉田議員は「彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がない」との意見を投稿したのだ。
撤回を求められた同議員は「配慮を欠いた表現をしたことは、率直に反省している」と述べたが、撤回は否定し、さらに批判を浴びた。
その後、同議員は「傷つかれた方々に謝罪し、そうした表現を取り消す」として撤回した。
少しは慎重に発言しないとね。
LGBTの人たちだって、生まれたときから、そうなりたくてなったわけじゃない。
成長するにつれ、自分自身の身体に強い違和感や嫌悪感を抱くようになってきたってことだろう。
議員の発言でLGBTの人たちに焦点が当たり、様々な視点から彼ら彼女らの実情について報道された。それら報道を見ると、LGBTの人たちにとって、日本に根付く村社会=排他的な社会はとても生き難い社会ではないかと思った。
子供を産まない人=税収が見込めない人のために税金を使うのはいかがなものか、との意見を投稿した杉田議員。
それでは、あなたは人生の幸せは生産性で決まるとでも言うのだろうか?
この人の論理で言うと、残念ながら子どもに恵まれない夫婦や、たまたまご縁がなく生涯独身の人、病気や障害で子供を産めない人たち。
こんな人たちは皆、税収が見込めない生産性の低い人たちということになる。
この議員は人権とはどういうことか知らないのだろうか。
議員の失言で一躍有名になった「生産性」とは、一般的には「仕事の効率」くらいに解釈している人が多数だろう。しかし、本当はコストに対する成果量の比率のことをいうそうだ。
元々は製品を作る工場で使われてきた言葉だ。
英訳すると「Productivity」であり、いかに効率よく製品が作れるかという意味だ。
今や工場では人の代わりに多くのロボットが稼働しているが、ロボットは文句も言わないし休憩や食事も不要だ。最初に多額の費用は掛かるが、一度導入するとコストに対する成果量は極めて高い。つまり生産性が高い。
会社では、社員は常にこの生産性と効率と利益のことを考える必要がある。赤字覚悟なんて民間企業なら非難ごうごうだ。そこにはやりがいや働きがいという言葉はない。
ただがむしゃらに働いて利益を残す。
会社員はただのロボット=マシーンかもしれない。
そうやって、人は次第に仕事ができるようになっていく。
そして、だんだんと給料も上がり、出世し肩書きも付くようになる。
でもそれで幸せかというとそうではないかもしれない。
ただ、幸せになるにはお金が必要だ。そのお金は会社の仕事で稼ぐ、ということだ。
そういうこと。今になってよ〜くわかる。
皆さんは「漁師とビジネスマン」という話を知っているだろうか。ネット上で出回っているので知っている人も多いと思うが、内容は次のとおりだ。
むかしむかしある所に、あるビジネスマンが居た。
ある日の事、そのビジネスマンが小さな漁村の砂浜で腰掛けていると、漁師が小さな船に乗り魚を捕まえているのが見えた。
しばらくして漁師は大きな魚をいくつか釣り上げ、浜に帰ってきた。
ビジネスマンは驚き、その漁師に聞く。
「それだけの魚を捕るのに、どれぐらい時間が掛かるのかね?」
すると漁師は答える。
「いや、何、それほど掛からないさ」
「何故きみはもっと長い時間海に出て、もっとたくさん魚を捕らないのかね?」
とビジネスマンは驚き、漁師に聞く。
「何故って、だってこれだけあれば、家族を養うのに十分だからだよ」と漁師は答える。
「残りの時間を君はいったい何をして過ごしているのだい?」とビジネスマンは聞く。
「そうだね、私はいつも朝早くに起きて、それで漁に行き魚を何匹か捕ります。その後は家に帰って子供達と遊んでやります。そして昼には妻と一緒に昼寝をして、夕方には村の衆と酒を飲んでいるよ。私達はギターを弾き歌い、夜通し踊るのさ」と漁師は答える。
それを聞き、ビジネマンはその漁師に進言した。
「私は経営管理のマネージャーをやっている。私はあなたを成功へと導く手助けができる!・・・・これから、あなたにはもっと長い時間海で漁をするようアドバイスする。そうすると、今よりも水揚げ量が上がる。
そして、その売上金であなたは大きい船を購入するのだ。大きい船があると、更に水揚げ量が上がり、その売上金で漁船をたくさん購入する事が出来る。
あなたは会社を設立し、缶詰工場を作り、独自の販売ルートで売り上げを拡張する事が出来るのだ。
その頃には、あなたはこの小さな漁村からサンパウロへと移り住み本社ビルを都内に建てる事が出来るぞ」
「・・・・・それで、その後は?」と漁師は尋ねる。
「その後、あなたには王様のような暮らしが待っている!株式に上場すれば、あなたは大金持ちになるのだから」とビジネスマンが答える。
「・・・・・それで、その後は?」と漁師が尋ねる。
「その後あなたは引退をして小さな漁村に移り住み、朝早くに起きて漁に行き魚を何匹か捕り、その後は家に帰って子供達と遊び、そして昼には妻と一緒に昼寝をして、夕方には村の衆と酒を飲み、ギターを弾き歌い、夜通し踊るのだ!」とビジネスマンが答える。
それを聞き漁師は怪訝な顔してビジネスマンに言った。
「・・・今、まさに私はそのような生活をしているのだが。」
さて、ビジネスマンはいつかわからないが幸せになりたいと思っている。しかし漁師は違う。海が好きだった漁師は最初から幸せを手にしている。
定年後の今になって気づく。
私も前述のビジネスマンと同じ穴のムジナだったと・・・。
現役のころ、幸せをつかもうとがむしゃらだった日々。
しかし定年後、どこかで遠回りの人生を歩んだと思う人は多いのではないだろうか。
会社でやってきた仕事は自分が人生においてやりたかったことなのか?
高い給料は貰ったけど仕事に大半の時間を費やして幸せだったのか?
皆さんは仕事をやり終えた今、自分の人生に満足をしているだろうか?
私自身は、今も会社員を続けている。
全ては無年金の数年間を乗り切るためだ。
今年65歳になれば老齢基礎年金と老齢厚生年金の両方を貰えるようになる。
そうなったら、年金で足りない分をアルバイトなどで稼ぎ好きなことをやって過ごしたい。
その時に都合の良い仕事があるかどうか不安だが。
そうだ、やっぱり、幸せ=お金なのか~。
次のランキングに参加しています。本記事が気に入ったらクリックしていただければ大変うれしいです。
にほんブログ村
コメント