81年の時を越えて~もう67歳に、被爆クスノキに背中を押されて働く日々

シニアライフ

4月1日、新しい年度の始まり。

一年契約の非常勤職員として3年目を迎えた私は、いつもの出勤前に少し寄り道をしました。

向かった先は、長崎の象徴ともいえる 被爆クスノキ です。

あの木を前にすると、不思議と背筋が伸びます。

81年前、長崎への原子爆弾投下 によって街が焼き尽くされたあの日。

このクスノキもまた、幹をえぐられ、枝を失い、立っていることすら奇跡のような姿になりました。

それでも、枯れることなく、再び芽吹き、今もこうして生き続けています。

目の前の大きな幹に手を当てると、ざらついた感触の奥に、確かなぬくもりを感じました。

「まだ生きている」

その事実だけで、どれほどの力をもらえるものか。言葉にするのは簡単ですが、実際にその場に立つと、胸の奥にじんわりと広がるものがあります。

私は67歳。

年金を受け取りながらも、フルタイムで働いています。

周りを見れば、すでに完全にリタイヤしている同世代も多く、「もうゆっくりしたらどうですか」と声をかけられることもあります。

それでも、働けるうちは働き続けたいと思っています。

理由は、生活のためだけではありません。

社会とのつながりを持ち続けたいという思い、そして何より「自分はまだ役に立てる」という実感を手放したくないからです。

被爆クスノキの前に立ったとき、そんな自分の気持ちが、間違っていないように思えました。

幹に残る傷跡は、決して消えることはありません。

それでも、その傷を抱えたまま生き、枝を伸ばし、葉を茂らせている姿は、「続けること」の尊さを静かに語りかけてきます。

人間も同じではないでしょうか。

年齢を重ねれば、体力も衰え、過去の失敗や後悔も積み重なっていきます。

それでもなお、今日という一日を生き、働き、誰かと関わることができる。

それだけで、十分に意味があるのだと。

あの日、長崎の空にきのこ雲が上がった瞬間、多くの命が奪われ、日常が断ち切られました。

もしあの時代に生きていたら、今こうして働く日々を当たり前のように過ごせているかどうかも分かりません。

だからこそ思うのです。

「働ける」ということは、当たり前ではなく、与えられた時間の中での大切な営みなのだと。

クスノキにそっと一礼して、その場を後にしました。

会社に向かう足取りは、来る前よりも少しだけ軽くなっていました。

特別なことをしているわけではありません。

ただ、自分にできることを、今日もやるだけです。

それでも、その積み重ねが、私の人生を形作っていく。

そしていつか、働けなくなる日が来たとき、「よくやった」と自分に言えるように――

今日もまた、机に向かいます。

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