写真日記

シニアライフ

81年の時を越えて~もう67歳に、被爆クスノキに背中を押されて働く日々

4月1日、新しい年度の始まり。一年契約の非常勤職員として3年目を迎えた私は、いつもの出勤前に少し寄り道をしました。向かった先は、長崎の象徴ともいえる 被爆クスノキ です。いつの間にかの67歳が本音を語ります。
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完全リタイヤが怖い―いつの間にか67歳、まだ決断できない私の本音

「もう仕事はやめて、ゆっくり過ごせばいいじゃないか」そんな言葉をかけられる年齢になった。67歳。世間的には、とっくに“リタイヤしていてもおかしくない年齢”だ。それでも私は、完全に仕事をやめるという選択をしていない。今回は、完全リタイヤに揺れ動く気持ちを語る。
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完全リタイヤ後の生き方~LINEに届く“第二の人生”―桜を追う同期たち

春のやわらかな陽ざしの中、大学時代のLINEグループに、一人の同期生がこんな宣言を投稿した。「仕事を辞めて、4月から2拠点生活をする」簡潔な言葉だったが、その裏には大きな決断と、新しい人生への期待が感じられた。彼は東京を離れ、実家のある土地へ向かっているという。ただし、一直線に帰るのではなく、桜の名所に立ち寄りながら、ゆっくりと西へ南下しているようだった。
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シニアライフ

同期のLINEで知った“完全リタイヤ”―うらやましさと不安のはざまで

桜の花びらが、風に舞いながら静かに地面へと落ちていく。満開の華やかさはいつの間にか過ぎ去り、枝には若葉がのぞき始めている。春はいつも、何かが終わり、そして何かが始まる季節だと実感する。そんな折、スマートフォンに一通の通知が届いた。大学時代の同期生で作るLINEグループへの投稿だった。
シニアライフ

ミドル・シニアの本音~過ぎゆく時間の中で、あと何度の桜を見られるだろう

67歳になった今、ふと気がつくと、時間の流れが以前よりもずっと早く感じられるようになった。若い頃は一日が長く、未来はどこまでも続いていくように思えたのに、60歳を過ぎたあたりから、月日がまるで加速しているかのようだ。桜の季節を迎えたミドルシニアが本音を語ります。
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ミドルエイジの遠い記憶~賑やかな日々と静かな今―旅の記憶とともに生きる

67歳になった今も、私はフルタイムで働いている。若い頃に思い描いていた「定年後の悠々自適」とは少し違うが、それでもこの生活にどこか充実感を覚えている。年に一度は妻や未婚の娘を誘って海外へ、そして年に1〜2回は国内旅行へ出かける。旅に出ると、時間が巻き戻るように心が軽くなる。一人生活を続けるミドルシニアが過去の記憶を語る。
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ミドルシニアが静かな家で思うこと~犬と家族と過ごしたかけがえのない日々

気がつけば家の中はずいぶん静かになった。子どもたちは独立し、かつて当たり前だったにぎやかな日常は、いつの間にか遠い思い出になっている。ミドルシニアになった私が飼い犬と過ごした記憶を語る。
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ミドルシニアの遠い記憶~犬が苦手だった私が、最後に知った大切なこと

子どもの頃の記憶は、不思議と断片的だ。その中でいちばん古いものは、おじいちゃんと手をつないで近所を歩いている光景である。顔は思い出せないが、大きな手のぬくもりだけは、今でも確かに残っている。おじいちゃんは大工の棟梁だった。長男の家に生まれた跡取りの私を、きっと目を細めて見ていたのだろう。そんな環境で育った私は、少し甘やかされすぎたのか、気の弱い子どもだった。特に犬が苦手だった。吠えられるのが怖くて、近づくことすらできなかった。ミドルシニアが遠い昔の思い出を語ります。
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シニアライフ~父は最後まで父だった、父が返した9,800円

父親と一緒に暮らした18年間、子供の頃にとてもかわいがってもらったことを思い出す。シャイではにかみ屋の父が大好きだった。しかし、社会人としては失格者でお手本にはならない人だったかもしれない。そんな父親と過ごして感じたことを語ります。
シニアライフ

シニアの本音~他人と比べなくていい、自分の人生を生きるということ

人生を振り返ると、私はずいぶん長い間、精神的に幼かったと思う。24歳で父を亡くし、その後は母と姉に頼るような形で生きてきた。自分で決断することから逃げ、どこかで「誰かが何とかしてくれる」と思っていたのかもしれない。これまで歩んできた人生の振り返りを語ります。
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