67歳の今も、私はフルタイムで働いている。
世間的には“引退してもおかしくない年齢”かもしれないが、自分ではまだ現役のつもりだ。
60歳で、37年間勤めた職場を定年退職した。
振り返れば、決して順風満帆なサラリーマン人生ではなかった。
特に50歳前後の頃、上司との折り合いが悪く、その後の約10年間は、いわゆる閑職のような立場で過ごすことも多かった。
仕事に対するやりがいを感じられず、どこか自分の居場所がないような、そんな日々だった。

藤崎宮
――あれは、冬の朝だった。
まだ薄暗いオフィスで、誰よりも早く出勤した私は、湯気の立つ缶コーヒーを両手で包み込むように持ちながら、自分の机に座っていた。
窓の外には冷たい風に揺れる街路樹。
「今日も特にやることはないな…」
そう小さくつぶやいた声は、広いフロアに吸い込まれていった。
しばらくして上司が出勤し、私の前を通り過ぎたが、目を合わせることもなく、そのまま自席へ向かっていった。
その背中を見送りながら、自分がこの職場で“いないもの”のように扱われている気がして、胸の奥が少しだけ冷えたのを覚えている。
60歳で再就職した会社でも、状況は大きくは変わらなかった。
最後の数か月、社長との関係がうまくいかず、後味の悪い退職となった。
長く働いた分だけ、最後くらいは気持ちよく終わりたかったという思いが、今でも少しだけ心に残っている。
それでも、65歳で再び仕事に就き、現在に至っている。
今の職場では非常勤職員という立場で、責任は重すぎず、給与もそれなりにいただいている。
若い頃に思い描いていた働き方とは違うかもしれないが、今の自分にはちょうどいい距離感だと感じている。
正直に言えば、過去を振り返って後悔することはある。
「あの時、もっと違う対応ができたのではないか」
「あの上司とうまくやる方法があったのではないか」
そんな思いが頭をよぎることもある。
しかし、どれだけ考えても、過去は変えられない。
それならば、そこに長く留まるよりも、気持ちを切り替えた方がいい。私はそう考えるようになった。
少し気持ちが沈んだときは、好きなスポーツをYouTubeで観る。
気がつけば試合に引き込まれ、いつの間にか気分が軽くなっている。
あるいは、明日の仕事の段取りを考えたり、近いうちに楽しみにしている予定を思い浮かべたりする。
そんな小さなことで、気持ちは前に向く。
人生は、思い通りにならないことの方が多い。
特に仕事においては、人との関係に悩まされることも少なくない。
どれだけ努力しても、すべてが報われるわけではない。
それでも、今こうして働けていること自体が、ありがたいことだと思う。
健康で、居場所があり、誰かと関わりながら日々を過ごせる。
それだけで、十分に価値のあることではないだろうか。
過去に納得できないことがあってもいい。
後悔があってもいい。
ただ、それに縛られ続ける必要はない。
これから先の時間を、どう過ごすか。
それは、まだ自分で選ぶことができる。
だから私は、今日も働く。
そして、小さな楽しみを見つけながら、静かに前を向いて歩いていこうと思っている。



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