シニアの本音~いつの間にか67歳、働き続ける理由とこれからの時間の使い方

シニアライフ

60歳で37年間勤めた職場を定年退職し、その後ご縁があって中小企業に再就職。

そこも65歳で定年を迎え、再び仕事を探すことになりました。

ハローワークに通い、履歴書を書き直し、面接に向かう日々。

5社続けて不採用だったときには、正直なところ「もう必要とされていないのではないか」と気持ちが沈んだこともありました。

しかし、6社目と7社目でようやく合格をいただき、その中から今の職場を選びました。

現在は一年契約で更新しながら3年目。

決して安定しているとは言えませんが、それでも「明日も行く場所がある」ということが、どれほど心の支えになるかを実感しています。

家に帰れば、壁に飾られた写真が目に入ります。

柴犬

幼い頃の子供たちの笑顔、そして3年前に亡くなった愛犬の写真。

にぎやかだったあの頃の時間はもう戻りませんが、確かに自分はその中で生きてきたのだと、静かに思い出させてくれます。

そんな日々の中で、心に残る時間も少しずつ増えてきました。

 

ビーチ

昨年6月、妻子と一緒にオーストラリアのゴールドコーストに住む娘を訪ねました。

久しぶりの再会に胸が熱くなり、異国の空の下で家族がそろう時間の尊さを改めて感じました。

現地では、初めてコアラを抱っこしました。思っていたよりもずっしりとした重みと、穏やかなぬくもり。

コアラ抱っこ

その感触は、今でもはっきりと手に残っています。

そこからさらにシドニーまで足を延ばし、市内をゆっくりと散策しました。

若い頃の旅行とは違い、急がず、ひとつひとつの景色を味わうように歩く時間。

港に吹く風や街のざわめきさえも、どこか懐かしく感じられました。

また別の思い出として、娘夫婦と幼い孫2人、そして妻と一緒に大阪万博を訪れたことがあります。

人気のイタリア館に入るため、5時間もの長い列に並びました。

正直、途中で何度も心が折れそうになりましたが、孫たちと話をしたり、時折笑い合ったりしながら、その時間さえも家族の思い出になっていきました。

ようやく入場して目にした展示物は、その苦労を忘れさせるほどの美しさと迫力で、しばらく言葉を失ったほどでした。

日常に戻れば、変わらない毎日があります。

ある日の夕方、仕事帰りにスーパーに立ち寄ったとき、総菜コーナーで隣にいた同年代の男性が「一人分って難しいですよね」と声をかけてきました。

ほんの一言のやり取りでしたが、不思議と心が軽くなりました。

同じように日々を過ごしている人がいる、その実感が、ささやかな支えになることもあります。

また、週3日通っているジムでは、顔見知りの方と休憩中に「ここに来てるから、まだ大丈夫って思えるんですよ」と言葉を交わしました。

体を鍛えること以上に、「まだ動ける自分」を確かめる場所になっているのだと感じました。

65歳を過ぎて体力の衰えを感じ、長く続けていた山登りはやめました。

以前なら当たり前にできていたことが、少しずつ難しくなる現実があります。

それでも、今できることに目を向ければ、まだ十分に前に進める自分もいる。

働けるのはいつまでなのか。

来年も契約を更新してもらえるのか。

不安がよぎることはあります。

それでも、「今日も一日働いた」「今日も体を動かした」という実感が、自分をしっかりと支えてくれています。

完全にリタイアするという選択もあるのでしょう。

しかし、社会とのつながりや日々のリズムを手放すことに、私はまだ踏み切れずにいます。

これから先、できることは確実に減っていくでしょう。それでも、「まだできること」に目を向けながら、一日一日を丁寧に過ごしていきたい。

家族と過ごした時間、旅先で感じた風景、何気ない日常の会話。

そのひとつひとつが、これからの自分を支えていくのだと思います。

同じ世代の皆さんも、それぞれの思いを抱えながら日々を過ごしていることでしょう。

もし不安を感じる日があっても、それは特別なことではありません。

私も同じように揺れながら、それでも前に進んでいます。

これからの時間は、競争ではなく、自分なりの歩幅で進む時間。

焦らず、比べず、ただ今日という一日を大切にしていく。

その積み重ねの先に、自分なりに納得できる人生があるのだと信じています。

 

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