桜の花びらが、風に舞いながら静かに地面へと落ちていく。
満開の華やかさはいつの間にか過ぎ去り、枝には若葉がのぞき始めている。
春はいつも、何かが終わり、そして何かが始まる季節だと実感する。
そんな折、スマートフォンに一通の通知が届いた。大学時代の同期生で作るLINEグループへの投稿だった。
「3月末で完全リタイヤする」
短い一文だったが、その言葉の重みはすぐに伝わってきた。
長い会社人生に区切りをつけ、この4月からは年金生活に入るという。
画面を見つめたまま、しばらく指が止まった。返信しようと思いながらも、すぐには言葉が出てこなかった。
ふと顔を上げると、窓の外では桜の花びらが風に乗って流れていく。
その光景が、彼のこれまでの年月と重なって見えた。
咲き誇り、役目を終え、そして次の季節へと移っていく――自然の流れの中に、どこか人生の節目を感じる。
正直に言えば、うらやましいと思った。
時間に縛られず、通勤もなく、自分のためだけに時間を使える生活。
朝の目覚ましに追われることもなく、気の向くままに一日を過ごせる日々。
それは、長く働いてきた者にとって、一つの到達点のようにも思える。
一方で、私は今もフルタイムで働いている。毎朝決まった時間に起き、仕事に向かい、帰宅して一人で食事をとる。
大きな不満があるわけではないが、心のどこかで「このままでいいのか」と問いかける自分がいる。
特に、桜が散り始める季節になると、なおさらその思いは強くなる。
自分はいつ、この流れに身を任せることができるのだろうか。
完全リタイヤという選択肢が頭をよぎらないわけではない。しかし、現実には金銭的な不安がつきまとう。
年金だけで生活できるのか、将来の医療や介護に備えられるのか。何度計算してみても、最後に残るのは漠然とした心細さだ。
同期生はきっと、そうした不安を乗り越えて決断したのだろう。
その覚悟は、LINEの短い一文の向こう側に確かに感じられた。
それに比べて私は、まだ決断しきれずにいる。桜の枝に残った、最後の花びらのように。
それでもいいのかもしれない、と最近は思う。
人それぞれ、人生の季節の巡り方は違う。早く次の季節へ進む人もいれば、ゆっくりとその時を迎える人もいる。
大切なのは、誰かと比べることではなく、自分自身が納得できる形でその時を迎えることなのだろう。
再びスマートフォンに目を落とし、「お疲れさま。これからの時間を楽しんで」と心の中でつぶやいた。
窓の外では、最後の花びらが風に舞い、遠くへと流れていく。
その様子を見送りながら、私は明日もまた仕事へ向かう。
少しの羨望と、少しの不安を胸に抱えながら――それでも、自分の歩幅で、自分の季節を生きていこうと思う。

桜並木


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