67歳になった今、人生の折り返しどころか、すでに終盤に差しかかっていることを実感するようになった。
そんな折、思いがけず中学・高校時代の旧友が訪ねてきた。
彼とは高校時代、毎朝のように顔を合わせていた。
決まった時間に自宅まで迎えに来てくれ、もう一人の友人と3人で並んで自転車をこぎながら学校へ向かう。
取り留めのない話をしながらの通学路は、今思えば何よりも贅沢な時間だったのかもしれない。
休みの日には一緒に魚釣りに出かけ、年末には彼の家で餅つきを体験させてもらった。
彼の家族の温かさに触れた、忘れがたい思い出である。

小舟
そんな彼とも、卒業後は自然と疎遠になり、気がつけば40年という歳月が流れていた。
再会の日、懐かしい記憶は一瞬で蘇った。
あの頃と変わらない笑顔に安堵しながらも、互いの顔や頭髪には確かな歳月の跡が刻まれている。
話は尽きることがなく、青春時代の記憶を辿りながら、時間を忘れて語り合った。
しかし一方で、長い年月の空白はやはり大きかった。
人生の歩み方も、価値観も、それぞれに違う。
話題によってはどこか噛み合わない瞬間もあった。
それでも不思議と居心地の悪さはなく、「それぞれ違う人生を歩んできたのだから当然だ」と、自然に受け入れている自分がいた。
彼は、自身の家族のことも語ってくれた。
父親が70歳で癌により亡くなったこと、そして実家を継いだ兄との折り合いが悪く、縁を切ることになったという話だった。
詳しい事情は聞かなかったが、その言葉の裏にある複雑な思いは、何となく伝わってきた。

実は私自身も、実の姉と長い間交流がない。
互いに折り合いがつかず、結果として距離を置く選択をしてしまった。
血のつながりがあっても、人と人との関係は必ずしも円満に続くものではない。
歳を重ねた今だからこそ、その現実を静かに受け止めている。
人はそれぞれの道を歩き、それぞれの事情を抱えて生きていく。
同じ時間を共有した仲であっても、その後の人生は交わることなく進んでいくこともある。
だからこそ、こうして再び出会えたこと自体が、かけがえのない縁なのだろう。
別れ際、彼と「今度は懐かしい仲間たちを訪ねてみよう」と約束を交わした。
あの頃の仲間たちが今どこで、どんな人生を送っているのか。
再び顔を合わせたとき、どんな話ができるのか。想像するだけで、少し胸が高鳴る。
人生は思い通りにならないことの方が多い。
それでも、過去に結ばれた縁がふとしたきっかけで再びつながることがある。
その不思議さとありがたさを、今回の再会で改めて感じた。
残された時間がどれほどあるのかは分からない。
だからこそ、これからは少しだけ素直に、人との縁を大切にしていきたいと思う。
40年ぶりの再会は、懐かしさだけでなく、自分自身の人生を静かに見つめ直す機会でもあった。


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