ミドルエイジの遠い記憶~賑やかな日々と静かな今―旅の記憶とともに生きる

シニアライフ

67歳になった今も、私はフルタイムで働いている。
若い頃に思い描いていた「定年後の悠々自適」とは少し違うが、
それでもこの生活にどこか充実感を覚えている。

年に一度は妻や子どもを誘って海外へ、そして年に1〜2回は国内旅行へ出かける。
旅に出ると、時間が巻き戻るように心が軽くなる。

振り返れば、40代前半の3年間、カリブ海の島国で勤務した日々は、
私の人生の中でもひときわ色濃い時間だった。

子どもたちはまだ幼く、家族5人での異国生活は、決して楽なものではなかったが、
その分、家族で過ごす時間は濃密だった。

休日になると、私たちはよく旅に出た。
ニューヨーク州ではブロードウェイの舞台に胸を躍らせ、

ナイヤガラの滝では自然の圧倒的な力に言葉を失った。
ワシントンやレキシントンでは歴史に触れ、ラスベガスではきらびやかな光に目を奪われた。

マンハッタン

そしてレンタカーを借りて巡ったグランドサークルの3泊4日。
この旅で特に印象に残っているのが、グランドキャニオンとモニュメントバレーである。

グランドキャニオンでは、初めてその大地を目の前にしたとき、思わず言葉を失った。
地平線の彼方まで続く深い渓谷、幾重にも重なる地層の色合いは、
写真では到底伝わらない圧倒的なスケールだった。

長い年月をかけて刻まれた大地の歴史を前にすると、人間の存在がいかに小さいものかを実感させられる。
家族と並んでその景色を眺めた時間は、静かでありながらも、心に深く刻まれるひとときだった。

グランドキャニオン

一方のモニュメントバレーでは、また違った感動があった。
広大な荒野に点在する巨大な岩の造形。

まるで自然が長い年月をかけて作り上げた彫刻のようだった。
中でも忘れられないのは、夕暮れ時の光景である。

太陽がゆっくりと地平線に沈んでいくにつれ、奇岩の一つ一つが赤く染まり始め、
やがて辺り一面が深い赤色に包まれていった。

その光景は幻想的で、どこか現実離れしており、ただ立ち尽くして見入るしかなかった。
あのとき見た「赤く染まる大地」は、今でもまぶたの裏に鮮やかによみがえってくる。

モニュメントバレー

翌年の一時帰国では、東京を拠点に京都を巡り、日本の良さを再確認した。
任地へ戻る途中で立ち寄ったサンフランシスコでは、ケーブルカーに揺られ、湾内クルーズで潮風を浴びた。
異国の文化に触れながらも、家族と共にいる安心感が常にあった。

サンフランシスコ

そして最終年、ミシシッピ川河口のニューオリンズ。あの街の空気は独特だった。
夜になるとどこからともなく流れてくるジャズの音色、美味しい料理とともに過ごす時間。
人生の豊かさとは何かを、あの街が教えてくれたように思う。

ニューオーリンズ

3年間で撮りためた写真は膨大な数になる。
時折それらを見返すと、当時の空気や匂い、家族の笑顔がよみがえり、しばし感慨に浸る。

しかし、日本に帰国してからの生活は一変した。単身赴任が続き、家族で旅行する機会は減っていった。
やがて子どもたちはそれぞれの道を歩み始め、家を巣立っていった。
家には妻と2頭の飼い犬だけが残り、静かな時間が流れるようになった。

その犬たちもやがてこの世を去り、今では妻も遠方に住む子どもや孫の世話で家を空けることが多い。
気がつけば、郊外の一戸建てに一人で暮らす日々が当たり前になっていた。

今日もまた、一人で食事を作り、静かに食べる。
天気が良ければ布団を干し、取り込んだあとはジムへ出かける。

体を動かすと、まだまだ自分は現役だと感じることができる。帰宅後はささやかな晩酌をし、早めに床に就く。
そんな一日が、淡々と、しかし穏やかに過ぎていく。

賑やかだったあの頃と比べると、今の生活はずいぶん静かだ。
それでも、不思議と寂しさばかりではない。
むしろ、これまでの人生をゆっくりと味わい直しているような感覚がある。

人はそれぞれの時期に、それぞれの風景を生きるのだろう。

家族と過ごした賑やかな日々も、一人で過ごす静かな時間も、どちらもかけがえのない人生の一部だ。

そしてこれからも、年に一度の旅を楽しみにしながら、日々を丁寧に積み重ねていきたいと思う。
過去の思い出に支えられながら、今という時間を大切に生きていく。
それが、今の私のささやかな願いである。

コメント

タイトルとURLをコピーしました