今年の4月、桜の花がすっかり散り、季節が次の彩りへと移ろう頃、私は雲仙普賢岳へと足を運んだ。山は新緑に向かう途中で、どこか静けさをまとっている。そして、ふとした会話の中で何度も耳にしたのが、「もうすぐミヤマキリシマの季節ですね」という言葉だった。
登山口で準備をしていると、地元の年配の男性が声をかけてくれた。
「今はまだ静かばってん、あと少ししたらミヤマキリシマで山が一気に華やぐとよ」
その言葉に、これから訪れる景色を想像しながら、「それはまた来たくなりますね」と返すと、「ぜひその時に来てみんね、別の山みたいやけん」と笑ってくれた。地元の人が勧める季節には、やはり理由があるのだろう。

山頂に着くと、春の柔らかな空気の中にも、まだ少し冷たい風が吹いていた。バーナーでお湯を沸かし、カップラーメンを作る。湯気が立ち上る中、隣にいた登山者が「ミヤマキリシマの時期は混みますよね」と話しかけてきた。「そうでしょうね、この静けさも今だけかもしれませんね」と答えると、「だから今の時期に来るのも贅沢ですよ」と互いに笑い合った。
下山後に立ち寄ったのは、湯の里共同温泉。受付の中年の男性が、いつものように穏やかに説明してくれた。
「ここは源泉そのままやけん、ちょっと熱かですよ」
さらに、「ミヤマキリシマの頃は登山客が増えて、ここも賑わいますよ」と教えてくれた。今はまだ落ち着いた雰囲気の中で、ゆっくりと湯に浸かることができる。春の空気と熱めの湯が、登山の疲れをじんわりと癒してくれた。
風呂上がりには、雲仙地獄を散策した。湯けむりの立ち上る中、売店のおばちゃんが「もうすぐミヤマキリシマで観光客も増えるけん、今はゆっくり見れてよか時期よ」と声をかけてくれた。すすめられるまま温泉卵を一つ買い、「ここで割って食べんね」と教えてもらう。ひと口食べると、やさしい味わいが口に広がり、思わず「美味しかですね」とつぶやいた。「地獄の蒸気で作っとるけんね」と誇らしげに笑うその表情が印象に残った。
さらに歩いていると、ベンチに座っていた地元の女性が、「ミヤマキリシマが咲くとね、仁田峠の辺り一面ピンク色になるとよ」と教えてくれた。「それはぜひ見てみたいですね」と答えると、「その頃は人も多かけど、それでも来る価値はあるよ」と優しく言葉を添えてくれた。
桜は終わり、まだミヤマキリシマも咲いていない、いわば季節の狭間。しかし、その静かな時間の中で出会った人たちの言葉が、これから訪れる季節への期待を膨らませてくれた。
次にこの山を訪れるときは、きっと鮮やかなミヤマキリシマが迎えてくれるだろう。そう思いながら、春の終わりの雲仙普賢岳を後にした。

共同浴場



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