4月のやわらかな陽射しに背中を押されるように、私は車を走らせて唐津市を経由し、福岡までの小さな旅に出た。日帰りとはいえ、心のどこかで「いい一日になる」と予感していた。
最初に立ち寄ったのは鏡山。展望台から見下ろす虹の松原は、まるで絵巻物のように美しく、春の空気に溶け込んでいた。隣にいた年配の男性が、「ここはね、何度見ても飽きんよ」とぽつりと声をかけてくれた。地元の人らしい穏やかな口調に、思わずこちらも笑顔になる。「天気のいい日は、海の色も変わるとですよ」と教えてくれたその言葉どおり、海はどこかやさしい青をしていた。
その後、唐津城へ向かう。石段をゆっくりと登りながら、途中で出会った観光客に写真を頼まれた。シャッターを押したあと、少しだけ言葉を交わす。旅先でのこうした何気ないやり取りは、後から思い返すと不思議と記憶に残るものだ。
昼前に立ち寄ったのは唐津うまかもん市場。想像以上の広さと人の多さに、思わず圧倒される。活気に満ちた店内で、威勢のいい掛け声が飛び交っていた。人気のコロッケを頬張っていると、隣にいた女性が「それ、揚げたてが一番おいしかよ」と笑いかけてくれた。確かに、外はサクサク、中はほくほくで、どこか懐かしい味がした。
精肉コーナーでは、店員の若い男性が「贈り物なら、このあたりがおすすめです」と丁寧に説明してくれる。私はその言葉に背中を押されるように、佐賀牛のすき焼き用としゃぶしゃぶ用を選んだ。「きっと喜ばれますよ」と言われ、こちらまでうれしくなる。

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福岡へ入り、車を走らせていると、若いころに通った大学の近くに差し掛かった。45年も前に卒業した思い出深い場所だ。思わず左折してアクセルを緩め、車窓から見えるキャンパスに目を向ける。建物はどこか新しくなっているようにも見えるが、あの頃と変わらない空気が、確かにそこにあった。
講義に向かう学生たちの姿が目に入り、ふと、自分が同じようにこの道を歩いていた日々を思い出す。将来のことなどはっきり見えていなかったが、仲間と語り合い、時には悩みながらも、ただ前を向いていたあの時間。気がつけば45年という歳月が流れていたが、不思議とその距離は一瞬で埋まるような気がした。
「あの頃の自分に、今の自分はどう映るだろうか」
そんなことをぼんやり考えながら、再びハンドルを握り直した。懐かしさとともに、これまで歩んできた時間の重みを静かに噛みしめるひとときだった。
やがて娘夫婦のアパートに到着し、玄関先でお土産を手渡すと、「こんなにいいお肉、もったいないね」と笑いながらも、どこか嬉しそうな表情だった。しばらくして、孫娘のダンス発表会へ向かう。小さな体で一生懸命に踊る姿に、胸の奥がじんわりと温かくなる。拍手を送りながら、ここまで元気に育ってくれたことへの感謝の気持ちがこみ上げてきた。
帰り道、夕暮れの空は少し赤みを帯びていた。唐津で出会った人たちの言葉や笑顔、そして母校の前で感じた懐かしさが、ふとよみがえる。短い旅ではあったが、人とのささやかな触れ合いと、自分の歩んできた時間を振り返るひとときが、この一日をより深いものにしてくれたのだと思う。
またいつか、あの場所を訪れたとき、同じように誰かと言葉を交わし、そして少しだけ自分の来し方を思い返すのだろう。そんなことを考えながら、私は静かにハンドルを握り、家路へと向かった。




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