朝、わずかに混じる鮮血に気づいたとき、正直なところ少し驚いた。年齢を重ねてくると、身体の小さな変化にも敏感になる。大ごとではないかもしれないが、「無理はしないでおこう」と自然に思えるようになったのは、これまでの経験の積み重ねだろう。

そういえば、健康診断での大腸がん検診は毎年きちんと受けてきた。結果はいつも「異常なし」。その紙を受け取るたびに、どこか安心していた自分がいる。ただ、内視鏡検査となると話は別で、最後に受けたのはもう5年も前のことになる。
あのときのことを、ふと思い出した。前日の食事制限に始まり、当日の朝に飲んだあの独特な下剤。落ち着かない気持ちで病院の待合室に座りながら、「もう二度とやりたくないな」と苦笑いした記憶がある。検査そのものは思っていたほど苦しくはなく、医師から「特に異常はありませんね」と告げられたとき、ほっと胸をなでおろしたものだ。あのときの安心感があるからこそ、どこかで「今回も大丈夫だろう」と思っている自分もいる。
とはいえ、身体は正直だ。今回のように小さなサインを出してくる。だからこそ、この三日間は意識して「身体にやさしい食事」を心がけてみた。特別なことをするわけではない。むしろ逆で、できるだけ簡単に、負担をかけないことを第一にした。
一日目の朝は、温めたおかゆに温泉卵を添え、味噌汁を一杯。お湯を注ぐだけの簡単なものだが、不思議と身体に染み入るような感覚があった。若いころなら物足りなく感じたかもしれないが、今はこうしたやさしい味がありがたい。昼は冷凍うどんにカット野菜と卵を加えて、やわらかく仕上げる。夜はサラダチキンとキャベツ、そして温かいスープ。包丁をほとんど使わない食事だが、これで十分だと感じた。
二日目になると、少し余裕が出てくる。朝はヨーグルトにバナナ、トーストを添える。これだけで腸がゆっくり動き出すような気がする。昼はレトルトの雑炊。温めるだけだが、体調が万全でないときには、こういう食事が実に頼もしい。夜は豆腐と納豆、ご飯に味噌汁。日本の食卓の基本ともいえる組み合わせだが、改めて「よくできている」と思う。消化にやさしく、しかも満足感がある。
三日目は、少し整ってきた実感があった。朝はオートミールに牛乳をかけて温め、バナナを添える。昔は縁のなかった食べ物だが、今ではすっかり馴染んできた。昼は温かいそばにとろろをかける。するりと喉を通る感覚が心地よい。夜はスーパーで買った焼き魚に、ひじきの惣菜と味噌汁、ご飯。調理らしい調理はしていないが、これで十分に整った食事になる。
この三日間を振り返って思うのは、「無理をしないこと」の大切さだ。料理に手をかけることも大事だが、体調がすぐれないときは、頑張らない選択もまた大事なのだろう。開ける、温める、のせる。それだけで、身体はきちんと応えてくれる。
そしてもう一つ感じたのは、水分をしっかりとること、朝に何か口にすることの大切さだ。これだけで、身体のリズムが少しずつ整っていく。若いころには意識しなかったことが、今ははっきりと実感として分かる。
年齢を重ねるというのは、制限が増えることではなく、「自分に合ったやり方を見つけていくこと」なのかもしれない。今回の小さな出来事も、その一つのきっかけになった。そして、5年前の内視鏡検査のときのように、「念のため確認しておく安心」も、これからは大切にしていきたいと思う。
そしてもう一つ、心の中に芽生えた考えがある。67歳という年齢を考えれば、今回のような状態がもし続くようであれば、やはり一度きちんと大腸の内視鏡検査を受けてみようという気持ちだ。あのとき感じた少しの不安や手間よりも、「何もなかった」と確認できる安心の方が、これからの日々を穏やかに過ごすためには大切なのだと、今は素直に思える。
無理をせず、しかし丁寧に。そんな日々を、これからも積み重ねていきたいと思う。




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