シニアの本音~67歳、家族関係と仲間との別れの中で見えたこれからの生き方

シニアライフ
YHA屋上からのオペラうハウス

60歳で37年間勤めた職場を定年退職してから、気がつけば7年が経ちました。

67歳となった今、あらためて60代という時間を振り返ると、それは単なる“余生”ではなく、「人生の意味を問い直す時間」だったように思います。

普賢岳

当時の写真を見ると、今よりかなり痩せていて、顔つきも若く、自分でも少し驚きます。

あの頃は、定年後も部長職として再び働き、責任の重さと引き換えに、それなりの収入も得ていました。

そして週末になると、山へ向かう生活。仕事と趣味、どちらも全力で過ごしていた時期でした。

阿蘇山

思い出①:孫の成長に胸が熱くなった日

67歳になり、孫のダンス発表会を見に行きました。

舞台の上で、小さな身体を精一杯動かして踊る姿。

最初は緊張していたのか少しぎこちない動きでしたが、曲が進むにつれて表情が生き生きとしてきました。

その姿を見ているうちに、なぜか胸が熱くなりました。

「こんなに大きくなったのか」

数年前までは、抱っこをせがんできたあの子が、今は人前で堂々と踊っている。

運動会でも、一生懸命に走る姿を見て、思わず声を張り上げて応援している自分がいました。

孫や子ども、その家族との時間が、これほどまでに自分の心を満たしてくれるとは、正直、若い頃には想像もしていませんでした。

思い出②:娘と妻と過ごしたオーストラリアの時間

66歳のとき、成人した娘と妻の3人でオーストラリアへ旅行に行きました。

ゴールドコーストの青い海、ゆったりと流れる時間。娘と並んで歩きながら、幼い頃のことを思い出していました。

「こんな日が来るとはな」

かつては手を引いて歩いていた娘と、今では同じ目線で旅をしている。

その不思議な感覚が、どこか嬉しく、少しだけ寂しくもありました。

シドニーの街を歩きながら、3人で食事をした夜。何気ない会話の中に、これまで積み重ねてきた時間の重みを感じました。

家族と過ごす時間は、特別なことをしなくても、それだけで価値があるものだと実感した旅でした。

思い出③:同期生との別れが教えてくれたこと

最近、37年間同じ職場で働いた同期生が亡くなりました。

葬儀に参列し、久しぶりに顔を合わせた同期たちと、言葉少なに故人を偲びました。

彼はすい臓がんを患い、ホスピスで療養していたそうです。

その事実を聞いたとき、胸の奥に重いものが残りました。

「自分たちも、もうそういう年齢なのか」

若い頃は、定年や老後のことばかりを考えていましたが、今はそれ以上に「限られた時間」を意識するようになりました。

葬儀の帰り道、夕暮れの空を見上げながら、これからの生き方について考えていました。

「何を大事にして生きるのか」

その問いが、これまで以上に現実のものとして迫ってきました。

67歳の今、強く感じること

こうした出来事を通して、私の中で「大切なもの」がはっきりしてきました。

60代でやっておくべきこととして、改めて感じているのは次の5つです。

1.家計を見直し、無理のない生活をすること

収入が減る中でも、安心して暮らせる基盤を作ること。

2.身体を動かし続けること

登山でもジムでもいい。体力は意識しなければ確実に落ちていきます。

3.社会とのつながりを持つこと

仕事でも友人との付き合いでも、人との関係が自分を支えてくれます。

4.家庭を大切にすること

夫婦も、子どもも、孫も。無理のない距離で関係を続けていくことが大事です。

5.健康を最優先にすること

どんなにお金や時間があっても、健康でなければ意味がありません。

そして今、強く思うのは

人生は思っている以上に短く、そして尊いものだということです。

だからこそ、無理をせず、しかし後悔のないように、一日一日を大切に過ごしていきたい。

孫の笑顔も、家族との時間も、そして今こうして働けていることも、すべてがかけがえのないものです。

67歳。

まだ遅くはない。これからの時間を、丁寧に生きていきたいと思います。

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