シニアライフ~父は最後まで父だった、父が返した9,800円

シニアライフ

借家の玄関を開けると、木の匂いがした。
大工だった父の匂いだった。

家の隣には、父が自分の手で建てた小さな作業小屋があった。
扉を開けると、いつも木くずのにおいが広がっていた。
削りかけの木材、使い込まれた道具、床に積もる細かな木屑。
そこは、父の仕事場であり、父そのもののような場所だった。

私はそのにおいが好きだった。
言葉は少なくても、父がそこで生きていることが伝わってきたからだ。

私は長男として生まれた。
「跡取りができた」と父は喜んだと聞いている。
その意味を知らないまま、ただ父の背中を見て育った。

父が倒れたのは、私が24歳のときだった。
癌だった。

強かったはずの父が、少しずつ小さくなっていく。
それでも父は、最後まで「働くこと」を手放そうとしなかった。

亡くなる二日前、ぽつりとこう言った。
「大工はもうやめて、警備員の仕事をしようと思う」

その言葉を聞いたとき、胸の奥が締め付けられた。
体はもう限界だったはずなのに、それでも働こうとする。

何も言えなかった。
止めることも、支える言葉をかけることもできなかった。

入院中、一時的に自宅へ帰ることになった日のこと。

社会人になったばかりの私は、父に一万円を渡した。
「使っていいよ」と、照れくさく言いながら。

父は黙って受け取った。

そしてしばらくして、私の手にお金を押し戻してきた。
9,800円だった。

「たばこ買ったから」と、それだけ言った。

私は思わず「いいよ」と言った。
けれど父は、首を振ることもなく、ただ静かにお金を返してきた。

その手は痩せていたが、確かに父の手だった。

あの9,800円には、父のすべてが詰まっていた気がする。

子どもに頼らないという意地。
親としての誇り。
そして、不器用な愛情。

あの作業小屋で、黙々と木を削っていた父。
木くずのにおいに包まれながら、生きていた父。

そのすべてが、あのわずかなお金に込められていた。

父が亡くなったあと、現実は容赦なかった。

数千万円の借金。
家族で話し合い、私は相続を放棄した。

守るべき家も、受け継ぐものも、何も残らなかった。

そして、あの借家も、作業小屋も、
気がつけばすべてなくなり、そこには一本の道路が通っていた。

あの木くずのにおいも、もうどこにもない。

それでも、消えなかったものがある。

父の背中。
あの言葉。
そして、9,800円。

今、私は67歳。
自分で建てた家に、妻と二人で暮らしている。
子どもたちもそこで育て上げた。

ときどき思う。
自分は、父のように生きられているだろうかと。

あの作業小屋で、黙って木と向き合っていた父のように、
最後まで自分の役目を果たそうとしているだろうかと。

家はなくなる。
場所も変わる。
形あるものは、やがて消えていく。

けれど、人の生き方は消えない。

あの日、父が返してきた9,800円。
それはただのおつりではなかった。

「俺はまだ親だ」
「最後まで働く」
そんな、言葉にならない覚悟だったのだと思う。

あの借家も、作業小屋も、もうない。
それでも、木くずのにおいは、今も私の中に残っている。

そして私は、あの9,800円を、
一生かけて受け取り続けていくのだと思う。

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